今日は大沢入(おおぞり)地区の農道の共同草刈りでした。
夜まだ明けない5時前に通称:ありご坂に30名を超す農家が集合、点呼の後、それぞれ各自の田んぼ周辺の農道の路肩の草刈りをしました。
UNEが耕作している田んぼは、標高475mと一番高い所にあるので、田んぼの地主さんと2人で草刈りを始めました。手入れが行き届かない林には折れた枝などが多く、それらが朽ちてしまえば道路に倒れてくる危険なものも少なくありませんでした。
また、うっそうと茂る木々は田んぼへの朝日を遮ったりしており、以前は春先それらを伐採整備していたと云う話も聞かせて貰いました。また、
ガスや石油などがなかった戦前は、山の木々は大切な燃料源であったので、炭焼きをしたりして森がしっかり管理されていたとの話も聞かせて貰いました。
このように農家が山と自然と共生していた時代から、物質的に豊かになった今、米の値段は低迷し、条件の悪い高い所まで態々上がってまでして、米を作る経済 的な価値は薄れ、過疎化、高齢化が進展する現在の農村では、昔のように農家が山と共生することは出来なくなり、どんどん山は荒れて来ています。
春先の山菜採り、秋のキノコ採り等、欲しい物を欲しい時に只採ることは、山との共生ではなく、狩猟的、収奪的行為です。
農耕とは自然と上手く付き合って、自然から何かを収奪することなく、自然の力を借りて自らの作物を育て収穫することです。
農耕文化こそが自然と共生する素晴らしいひとつの手段であると思います。
農耕を止めてしまうことは、人間が自然との共生を止めてしまうことを意味するかと思います。
どうにかしてこれらの共生を持続していくためにも農業・農村を継続する術を見つけ出さなければならないと思う毎日です。
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